第417話 土に生かされ、土に死ぬ 

百姓雑話

長年つれそった夫婦とはいえ、考えが合わないことはいくつもある。

晩年の過ごし方、死に方、死後の扱いについて、私と妻はいまだに考えが平行線だ。私は老人介護施設には入りたくない。妻は入るように勧める。私は死期を迎えたら、ずっと自分の命を支えてくれた畑の土の上で太陽の日差しを受けながら死にたい。もちろん、妻は反対。病院で死なせるに違いない。私は土葬にしてもらいたい。しかし、行政も妻もそんなことは許さない。結局、火葬にして骨だけ納骨することになる。墓は要らいないと私が言うと、頃合いをみて妻は「●●墓園に墓地を買わない?」とやんわりときりだす。

ど田舎の農家に生まれ育った私と大都会の妻とでは、その体験からくる考え方の違いを埋めがたい。

私は土に生かされ土に死ぬ環境で育った。自家の農産物を食べ、それを売り、他の物を買って暮らしていた。稲わらは、農業資材の原料にもなり、子どもの遊び道具にも変身し、家の建築にも使われていた。余すことなく活用された。

トイレ、いや便所は汲み取り式、いわゆる「ポットン便所」。たくさん溜まると、父が汲み取り稲わらと混ぜて堆肥を作っていた。人の排泄物が巡りめぐって、また人の命を支えた。学者のように物質の循環を難しく説くこともなく、ごく自然に物と命の循環が生活に根づいていた。

小学6年生の時に、若いころから喘息に悩まされていた祖父は私の目の前で苦しみながら亡くなった。そして、村はずれの墓地に掘られた穴にそっと寝かされ埋葬された。長年生かされてきた土に祖父の体は戻された。

こんな生きかたが私の心身に染みついている。なので、上述のような妻との溝は埋めようにも埋まらない。

もちろん、妻の考え方や生き方が現代の標準である。しかし、この「現代の標準」に私は人類の危うさを感じる。長年農業を営んできて、つくづくそう思う。

(文責:鴇田 三芳)