第418話 繁栄と悲劇の種ーー食料

百姓雑話

「後進の就農者に私の経験が少しは役に立つかもしれない」という思いと、自分の農業人生を締めくくる意味も含めて、【農の道標】という本を書き始めました。その冒頭の部分から一部の原稿をこれから投稿します。

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人類は、自然環境や食料、天然資源に大きく左右され、栄枯盛衰をくりかえしてきた。なかでも、豊かな食料は、人類を繁栄に導いてきた一方で、多くの悲劇も生んできた。

15世紀半ばから大航海時代が始まった。ヨーロッパの国々は、農産物(紅茶、胡椒、綿花、香料、アヘンなど)と鉱物資源、それに安い労働力を求めてアフリカやアジアを植民地化した。その悲劇的な影響は今でも世界各地に残っている。

スペイン帝国は、おもに中南米を侵略し、金銀の強奪だけでなく、ジャガ芋、トウモロコシ、トマト、タバコなどの農産物もヨーロッパにもたらした。ジャガ芋は、麦が栽培しにくいヨーロッパ高緯度地方でも生産でき、北部ヨーロッパの庶民の主食となった。これが、ヨーロッパ諸国が繁栄した原動力の一つだった。

ジャガ芋の花が満開

しかしジャガ芋は、繁栄をもたらした一方で、いくつかの悲しい歴史も刻んでいる。当時のジャガ芋は病気に弱かったため、何度も凶作に見舞われた。1840年代にはきわめて深刻な凶作で大規模な飢餓がヨーロッパを襲った。とくに悲劇的だったのはアイルランドで、100万人ほどが餓死したと言われている。この飢餓により、大量の難民がヨーロッパから新天地・アメリカに移住していった。アイルランド難民の中にはアメリカ大統領・J.F.ケネディの先祖もいた。

初期のアメリカは、豊かな大地と安い労働力によって綿花などの農産物を生産し、国力を蓄えた。後には工業化を進め、繁栄を極めた。しかし、その繁栄は先住民であったインディアンとアフリカからの黒人奴隷の悲劇の上に築かれた。

日本にも食料にまつわる繁栄と悲劇がいくつもある。

戦国時代が収まった江戸時代、武家や町民は豊かになっていった。しかし、その繁栄の足元を虐げられた農民が支えていた。江戸時代も深刻な飢饉が何度も襲い、皮肉にも、真っ先に犠牲になったのは食料を生産していた農民や下層庶民だった。

明治になると日本は、西洋文明を積極的に導入し、絹製品などの軽工業製品の輸出に力を入れ、急速に繁栄し始めた。そのため、20世紀になった頃から人口が急に増え続け、食料が不足してしまった。政府は、飢饉による政情不安を恐れ、おもに農民の海外移住を進めた。労働力が欲しかったハワイ、北米、ブラジルなどへと。

それが飽和状態になると、次は台湾と朝鮮を併合し、さらに満州へ農民をはじめ多くの国民を入植させた。そして、傀儡国家「満洲国」のもとで満州はまたたく間に繁栄した。

しかし結局、その繁栄も広島と長崎への原爆投下という悲劇で幕を閉じた。

(文責:鴇田 三芳)