第389話 「買えない」時代

百姓雑話

1980年代から「新自由主義」とか「グローバリゼーション」とかいう時代の大波が世界をのみこみ始めた。「貿易や金融、人の移動や情報などを自由化し、世界経済を活性化することで、人々を豊かにする」と理由付けられた。イギリスのマーガレット・サッチャーやアメリカのロナルド・レーガンはこの大波を積極的に利用した。日本では中曽根政権や小泉政権にその影響が色濃く現れた。

その時代、日本のGDPが世界2位となり、「ジャパン・アズ・ナンバーワン」などと持ち上がられ、ほぼすべての日本人が「お金」で何でも買えると確信していた。

余りある膨大な資金が暴れ回わり、国内では土地が毎日値上がりし、海外では日本の資金が土地やビル、絵画などを高値で落札した。1989年10月、ニューヨーク・マンハッタンにそびえ立つロックフェラー・ビルも三菱地所によって約1200億円で買収された。この買収はアメリカ国民、特にニューヨーク市民の大きな反感を買い、反日感情を増幅した。

その頃が日本の絶頂期だった。

しかしその後、私たちが体験してきたことは、そんなバラ色ではなかった。世界の富がごくごく少数の企業家にほぼ独占され、大多数の人々は貧しくなってきた。日本はその典型中の典型である。1990年代初めのバブル経済の崩壊を機に、ほとんどの日本人は年々貧しくなり、買いたくても「買えない」人々が大多数になってしまった。

私は2001年から、近所の北総鉄道の駅構内をお借りし、野菜などの直売を続けてきたが、年々売り上げが減少してきた。スーパーなどで売られている野菜よりも安全度が高く新鮮なので少し高めに値づけしてきたこともあってか、電車の乗降客が立ち寄っても値段を見て買わないことがたびたびである。今では売り上げが始めた頃の半分以下となってしまった。その減少を補うため、近くのスーパーの地場野菜コーナーに出荷し始め、今ではこれが主な販路となっている。

私個人だけの問題なら、それはそれでいい。人生の終わりがそこまで来ているのだから。問題は、日本という国家と国家を構成する大多数の国民レベルで急速に貧困化していることなのだ。

国力の衰退に比例するかのように円安が進み、ついに貿易赤字が常態化しつつある。「日本は世界一の純債権国だから、心配ない」という言説もあるが、現実はそんな甘くない。実際、資源や食料の輸入で日本は中国に買い負けしている。買いたくても買えないのである。大豆の輸入国ランキングはその一例である。アメリカ農務省のデータによると、2022年から23年かけて中国がトップで60%ほどを輸入しているが、日本は2%にも満たない。人口を考慮しても、あまりにも少ない。

(文責:鴇田 三芳)