第413話 明日を信じる

百姓雑話

晴れわたった冬の夜空を見上げ深呼吸すると、SMAPの「夜空ノムコウ」が頭の中を流れ始めます。「あれから僕たちは何かを信じてこれたかなぁ・・・・・・」と。この歌は、どうにか明日を信じて生きてこられた自分の軌跡をなぞるような、そんな歌なのです。

私は三度挫折しました。そのたびに新たな人生を歩まざるをえませんでした。それでも、親友や家族、研修生や従業員などに支えられ、幸いにも明日を信じて今まで生きてこられました。

しかし世界には、今を生きることに精一杯で、明日など信じられない人たちがたくさんいます。戦争や飢餓に巻き込まれたり、絶望的な家族関係に陥ったり、末期がんが判明し余命を宣告されたり、学校や職場などでハラスメントやいじめを受けたり、今日の食べ物も満足に食べられなかったり、・・・・・・・・・・と。

私がこの現実を実感したのは小学生の頃と30代でした。

僕は近所の男の子たちから執拗にいじめられました。僕がとなりの女の子ととても仲が良かったことに嫉妬してのことです。辛くて、明日を信じるどころか、布団の中でたびたび涙し自死も考えました。そして、行きついた解決策は「あいつらから逃れるには進学校に行くしかない」でした。それが、不純な動機かもしれませんが、勉強嫌いな僕が勉強に励んだ動機です。

また30代に、アジアやアフリカの難民の人たちに関わった時も、明日など信じようのない人々が世の中にはたくさんいること実感しました。戦闘や飢餓から逃れてきた難民キャンプでも命の危険がつきまとっているのです。栄養失調もあって、風邪や下痢であっけなく亡くなることがよくありました。食料不足のために母乳がまともに出ない母親が多く、餓死する乳幼児が少なくありませんでした。夜中に銃声がしました。強盗です。この世の理不尽さをひしひしと感じさせられる日々でした。私自身も命の危機を何度か体験したものです。

こんな体験をしてきた私は、明日を信じられること自体、それでもう幸せなのかもしれないと、還暦を過ぎたころから思うようになりました。

(文責:鴇田 三芳)