第91話 農薬(3)

百姓雑話

政府は、農薬の使用基準を守れば安全であると指導している。もちろん、農薬メーカーは安全性を力説する。しかし私は、小さい頃から身近なところで農薬の被害を何度も目のあたりにしてきたため、農薬の毒性がとても気になる。

私が小学生の時、隣りの主人が農薬を散布中に吸い込んだため、両目が引きつり、口から泡を吹き、生死の境で苦しんだ。幸い、一命をとりとめ、後遺症もなかったようだが、その枕元で目撃した光景は今でも目に焼きついている。

また、娘が小学生の頃、近所の農家からトウモロコシを頂いた。それを食べた直後、娘の全身に発疹が現われてしまった。私の畑で採れたものでは一度もそんなことは起きなかったので、農薬を強く疑った。後に、こんな光景を目にした。ある農家がトウモロコシの実の先端に殺虫剤をそのまま振りかけていた。一般的に殺虫剤は、水で1000倍以上薄め、霧状にして作物にかけるのだが、それを薄めずに実に直接かけ、実についた害虫を皆殺しにしていたのである。完璧な殺虫方法ではあるが、こんなことが生産現場では行なわれていることに私は驚愕してしまった。

さらに私の兄は、還暦を前にして肺を患い、半年の闘病後、亡くなった。その苦しい表情は、幼い頃に見た隣りの主人の表情と重なって見えた。兄は胡瓜のハウス栽培と米麦栽培で生計を立てていたが、たぶん農薬と籾のイガの吸い過ぎと私は思っている。

ところで、福島の原発事故をきっかけに、農薬を使っていない農産物を食べたいと願う消費者が増えたようである。しかし、その方たちの願望をあまねく満たすのは、ほとんど不可能である。日本をはじめ、世界中で農薬依存の農業が主流となっているからである。ひとたび農薬の魔力に取りつかれ人々がその魔力から抜け出すことは至難の業である。

社会を冷静に見た時、もし農薬の使用を減らせば、日本人も含め世界中の低所得者は飢餓に陥る可能性が極めて高い。だから私は、農薬を適切に使う農家を否定してはいない。私も、就農して20数年たつが、たぶん20回くらいは使ったであろう。就農間もない頃、秋にはタアサイを手広く作付けのだが、農薬以外の方法で害虫の産卵を予防したものの不完全で、1回は殺虫剤を使わざるをえなかった。その後、ハウスを建てピーマンを作付けた時、アブラ虫が大量に発生し、洗剤や牛乳を薄めた液をかけただけでは根絶できず、仕方なく殺虫剤をかけた。その絶大な効果に私は驚嘆した。その数年後、ハウス内でアブラ虫が発生しても、天敵を入れれば、いとも簡単に根絶できることを体験し、私は農薬の魔力から脱することができた。

最後に、お世話になった農家の方が言われたことを紹介したい。「あんた、農薬を使わないそうだね。俺は使うよ。だって、使わなきゃ、野菜が死んじゃうよ。あんただって、病気をすれば薬を飲むだろう。薬だって毒を薄めたもんだぜ。農薬と同じだよ。」と。農薬の毒性を疑っている私が農薬の存在を否定しない、もう一つの理由がこれである。

結局、農薬の問題を突きつめていくと、医療用の薬の問題とまったく同じであることに気づかされるのである。人工的な化学物質に溢れかえっている現代において、農薬の問題はその一端なのである。

(文責:鴇田  三芳)