5月から10月までの半年間、関東地方では農薬が大活躍する。露地栽培の場合、梅雨入り前までは主に殺虫剤や殺ダニ剤が、梅雨の時期はジメジメするので主に殺菌剤が、そして梅雨明け後はまた殺虫剤や殺ダニ剤が頻繁に散布される。除草剤は、冬場を除き、通年で使われている。ハウス栽培では、上述の農薬すべてが一年中不可欠である。
ところで、玉子の黄身は黄色い。では、どうして黄色になるか、皆さんは疑問に思ったことはないだろうか。以前、その答えを知り合いの養鶏農家から聞いたことがある。第80話「餌を喰う」の中で紹介した方である。彼は、各種の餌を独自に配合して鶏に与えているが、その中にイタリアから輸入した赤いパプリカの粉を混ぜていた。理由を尋ねたら、黄身を赤色に近い色にするためだと教えてくれた。さらに驚いたことに、「与える餌によって、黄身の色は自由自在に変えられる。」ということを彼は平然と語った。
その後、NHKのラジオで同じような話しを聴いた。確か小児科の医師だったと記憶しているのだが、「母乳は汗と同じようなもので、母親の食べ物によって、母乳の成分が変化します。にんにくを食べると、にんにく臭い母乳が出ます。」と語った。その時すでに我が子は大きくなっていたので、そのことを妻の母乳で確かめられなかったが、私はその方の言ったことを納得している。
香取直孝さんという友人がいる。彼は、かつて「無辜なる海 1982・水俣」という水俣病の記録映画を製作した映画監督で、松戸市で長く自然食品店を営んでこられた方である。その水俣病は、有機水銀に汚染された魚を食べた人々に重い障害を負わせただけでなく、死者も出してしまった公害病である。現在、国は10万人もの被害者を認定している。そして、私が強い衝撃を受けたのは、有機水銀に汚染された魚を母親が食べたため、有機水銀が胎盤を通して胎児に移行し、赤子までも生まれながらにして重篤な障害を負ってしまったことである。
これらの事実からだけでも、農薬は少なくても胎児や乳児には危険な物質であると私は思っている。さらに広く見れば、農薬に限らず医薬品も含めて、人間が工業的に生み出した化合物の中にも極めて危険な物質があるのは紛れもない事実である。
さらに、こんな事実もある。耕地面積当たりの農薬の使用量が世界でもっとも多いのは日本である。中国が日本に迫る勢いで農薬の使用量を増やしているので、現在は中国の方が多いかもしれないが、いずれにしても日本の面積当たりの農薬使用量は非常に多い。
それでも、「日本は世界に冠たる長寿国家である。農薬に健康上の問題があるなら、こんなに長寿のはずがない。」という意見も聞いたことがある。私には、このような意見は論理の飛躍、あるいは論理のすり替えに聞こえてならない。長寿の主たる理由は他にあるような気がする。
かつて難民キャンプで働き、ストレスと食事の貧弱さによってげっそり痩せて帰国した時、日本の食べ物の豊かさに改めて驚嘆させられた。その後、有機農業を始め、相変わらず豊かに見える日本人の食を見つめ直すと、「いったい、何が豊かなのか?」と懐疑的になってしまった。大量の農薬を使わなければ得られない食の豊かさが本当の豊かさなのだろうか。
(文責:鴇田 三芳)