第110話 農業で喰う(1)

百姓雑話

突然ガンで亡くなった母に生前、一生苦労するような農家にどうして嫁いできたのか尋ねたことがある。その答えは「農家なら一生喰いっぱぐれがないと思ったから。」という簡潔なものであった。戦前の時代背景からすれば、もっともな理由である。

ところが、時代が激変し、日本の農業は戦後の工業化の波にのみ込まれてしまった。ほとんどの農家は、農業所得だけでは生活できずに、息子や娘をサラリーマンにしたり、農閑期には出稼ぎに行ったり、農地を宅地化し高く売ることで不労所得を得たり、工業団地や公共事業を積極的に誘致したりと、実にあの手この手で収入の道を探り生活を支えてきた。

しかし、農家は次々に離農してきた。その現実は今にいたるまで何ら変わっていない。離農の原因はいろいろある。外的要因もあれば、内的要因つまり本人自身の問題もある。多岐にわたる原因が存在するのは、農業が多面的な職業だからである。例えば、必要な知識ひとつとっても、生物に関する知識にとどまらず、物理や化学、気象学などの理学系の知識はもちろん、機械や土木建築などの工学系の知識も必要となる。さらには経理もできないと、経営状況を正確に把握しにくくなる。

まして、農家以外からの新規就農者にとっては、まるで十一面観音に対峙するようなものである。私も例外ではなく、好きで農業に身を投じたものの、厳しい境遇に長年あえいできた。そして、失敗するたびに、あるいは自然の猛威に打ちのめされるたびに、「一体どうすれば、農家以外からの新規就農者でも農業で喰っていけるのか。」と自問し続け、試行錯誤を繰り返してきた。

こんな厳しい職業に、斜陽産業の農業に人生をかけたいと新規就農してくる人が後を絶たない。具体的な将来像を持ち、多様な能力を兼ね備えて就農する人がたくさんおられる。本当に貴重なチャレンジャーである。既存の農家だけでは衰退を止められそうもない農業分野に必要なのは、農家以外からの新規就農者である。

しかし、その前途には難題が次から次と立ちはだかるであろう。それらを乗り越えるには、強い意志と忍耐力はもちろん、多種多様な能力も必要である。そして、先人の体験も何かの支えになるであろう。

そこで、山ほどある難題を乗り越えようと努力するチャレンジャー、新規就農者の参考になればと願い、次回から20話ほどにわたり、数々の失敗体験から学んだことを連載しよう。

(文責:鴇田 三芳)