第15話 ヤブ蚊と太平洋戦争

百姓雑話

農業は厳しいが、農作業は楽しい。楽しくなければ、長く続けられない。

それでも私は、正直に言えば、荷造り作業は楽しくない。少量多品目を有機栽培する場合は荷造り作業にかなり神経を使うが、長年やってくると、単純作業の連続と思えるからだ。要するに、荷造り作業は性に合わない。そして、もう一つの理由はヤブ蚊だ。夏場は、出荷量が非常に多いために、朝から夜まで荷造り作業が続く。まさに戦争状態である。そこにヤブ蚊との戦いも加わり、もう気力勝負、体力勝負の日々である。

蚊のなかでも吸血するのはメスだけ。卵を産むための栄養源として、血は非常に優れているらしい。人目を盗んでそっと吸血に来るイエ蚊はまだ許せるが、ヤブ蚊はどうも許せない。連中は小さなドラキュラのようだ。イエ蚊と違い、群れをなして狂ったように襲ってくることもある。逃げても逃げても、人の臭いをたどって、執拗に追ってくる。殺そうにも、その不規則な飛び方のために、なかなか手でつぶせない。刺されると大きく腫れあがり、痒さをとおりこして、チクチク痛い。身近にいる生物で、人間にこんなにも執拗に襲いかかってくる物は他にいない。ちなみに、マイクロソフトのビルゲイツ氏によると、人間の最大の天敵は蚊で、年間70万以上の人が蚊による病気で死んでいるという。

ときどき私は、次々に襲ってくる連中を見ると、太平洋戦争の末期の特攻隊を連想し、恐怖を感じてしまう。その感情は、命がけで突っ込んでくる特攻隊に対してアメリカ水兵が抱いた心境に似ているかもしれない。

また、一方の特攻隊はどんな心境であったのだろうかと思いをはせる。若い彼らが命をかけてまで願ったことは、いったい何だったのだろうかと。もしかすると、蚊と同じような、生命体としての根源的な動機からなのだろうか。

そんな感情や想像を胸に納め、今年の夏もヤブ蚊との戦いに明け暮れる。

(文責:鴇田  三芳)