第16話 早咲き、遅咲き

百姓雑話

記録的な寒さが続いたために開花が遅れたものの、桜が見事に咲いた。地面に淡いピンクの絨毯を敷きつめたようだ。我が家の近くにも桜の大木がたくさんあるのだが、残念ながらその下で宴会を開く余裕はない。この頃から、レタス、菜花、ブロッコリーなどの春野菜の収穫が急増するとともに、トマト、胡瓜、茄子、ピーマンなどの夏野菜の世話に追われるからだ。

ところで桜は、満開のように見えても実際は7分咲きくらいで、早咲きの花が散る頃に遅れて咲く花もある。この現象は桜に限られたものではない。桜と同じバラ科の梨もまったく同じ咲き方をする。多分、ホルモンの蓄積量にしたがって次々と咲くのであろうが、実にうまくできている。と言うのも、ちょうど桜や梨が咲く頃、遅霜がよくある。開花した花は寒さに弱いので早咲きの花は被害を受けることがあるが、遅咲きの花は早咲きがその上部にあるので、被害を受けにくい。まさにお陰さま。

似たような現象は、野菜でもある。春が旬の菜花は、その中心に大きく力強い蕾をまず着けるが、霜の被害を受ける可能性がある。実際この冬は、中心の蕾の一割ほどが腐ってしまった。しかしその後、下部から小さい脇芽がいくつも発生してきた。遅咲きの花が命をつなげることになった。また、実のなる野菜(果菜類)も同じだ。胡瓜でもトマトでも脇芽が次から次と発生し実を着ける。

もちろん、早咲きの方が子孫を確実に残す確率は高いのだが、上述の霜害のような何かの異変があったりすると、遅咲きに未来を託すことになる。遅霜の他にも、降雹、暴風、少雨、猛暑、日照不足などなど、自然の脅威は尽きない。鳥や獣、そして人間に喰われることもある。

しかし植物は、それらの脅威から避難することができない。ただ自然の脅威に身を任せつつも、それらに耐え、巧みに子孫を残す術を内に備えたものだけが現在まで生き延びている。

(文責:鴇田 三芳)