第330話 数の魔力

百姓雑話

数字は人生を大きく左右する。ほとんどの人たちは、数字を信じ、数字を操り、操られ、魅了され、時には裏切られ、目覚めてから眠るまで数字が頭から離れない。まるで、数の魔力の虜になっているようだ。死ぬまでその魔力から逃れられない人たちが大半だろう。さらに死後は、遺族が遺産相続の数字でもめる。

野菜を直売していても、消費者の購買行動に数が大きく影響していることに気づかされる。ほとんどの人が、中身の重さが同じなら、入っている数の多い方を買っていく。使い勝手もあるだろうが、やはり数の多さにつられてしまうのだろう。

時まさに、国会でも統計データでもめている。野党は「政府のデータ捏造(ねつぞう)だ」と追及している。

ど田舎に生まれ育った私が初めて数を意識したのは、小学校に入り通信簿を受け取った時である。その後、テストの点数やクラスの成績順位に一喜一憂し、思春期には「身長がもう何センチ伸びたらいいのになー」などと、つねに数の洪水に首までつかってきた。

40年ほど前、電子部品メーカーで働いていた時、自社製品のセールスのためにアメリカに出張したことがある。売り込み先の会社を訪問する道すがら、案内してくれた現地駐在の営業マンが何気なく口にした言葉が今でも忘れられない。「アメリカのビジネス界では収入で個人がランク分けされているんだ。週給1000ドルを超える者とそれ以下の者とでね、はっきりと。」

もし、私たちの生活や仕事を占有している数字を除いたら、いったい何が残るのだろうか。

ところで、先月19日夜、「ごま信用」をNHKテレビで知った。中国のIT企業アリババが開発したシステムで、一人ひとりの購買行動や友人関係などの個人データをもとにコンピューターが個人を点数化し、信用度をランキングするという。この機械が査定した点数をもとに、ビジネス活動や資金の融資が瞬時に判定される。はては結婚相手の紹介もしてくれるという。「何と恐ろしいことだ。」それが私の直感であった。個人のしめ付けがきつい中国共産党政権でもここまでしていないだろうに。

しかし、私の直感に反し、「ごま信用」が中国社会に急速に浸透しつつあるという。現金を持ち歩かずスマホですべての支払いをする「スマホ決済」が広く普及した中国の、次なるIT革命の一つが「ごま信用」なのかもしれない。そして番組では、日本でも類似の格付けシステムが始まり、それを利用している個人が紹介されていた。

まあ日本では、政府が個人の収入や資産などのデータを把握しようと導入したマイナンバー制度がなかなか普及しない状況から察すれば、「ごま信用」が早々に浸透するとは思えないが、・・・・・・・・・。はたしてどうなるやら。

思いおこせば、戦争の道具として開発されたコンピューターが社会活動の数値化を一気に加速させてきた。そしてついに、コンピューターの網(ネット)が個々人の価値を数値化し始めた。そんな社会の到来は、種の多様性をみずから減らし、滅亡の時を早めるだけだと私には思えてならない。

(文責:鴇田 三芳)

タイトルとURLをコピーしました