「大根、ないんですか?」 数日前、ある店舗の地場野菜コーナーに研修生T君が野菜を並べている時、初老のご婦人から声をかけられた。どうせ買うなら地場産のものが良いと思って来られたのだろうが、この地方では真夏に大根は採れない。その方の気持ちは十分わかるが、無理して栽培しても美味しくないし、農薬を使わないと害虫を増やすくらいで、売り物にならない。
スーパーに行けば、ほぼすべての野菜が一年中売られているためか、野菜の旬を知らない人が増えている。まして、旬を逸脱した冬のトマトや胡瓜は、石油で暖房し、農薬を頻繁にかけた結果であることなど多くの消費者は知らないであろう。仮に「旬の野菜を食べる方が健康に良い」と頭ではわかっても、味覚にしみ込んだ食習慣はそうそう変わるものではない。先のご婦人もこのような方かも知れない。
今回は、日本人の食卓から消えつつある「旬」について、生産者の立場から述べてみたい。
一般的には、その農産物の作りやすく、栄養が豊富になる時期を「旬」という。例えば、ほうれん草の旬は晩秋から早春にかけての寒い時期である。夏のほうれん草に含まれるビタミンCは冬のものに比べ1割くらいしか含まれていないというデータがある。味も非常に劣る。値段も高い。良いことは何もない。
ところで、私の妻は、都会育ちで、独身の頃からサラリー・ウーマンである。だから、「夏はサラダ用の葉物野菜が食べたいのよね」と欲しがる。私だって、夏にこそレタスを食べたい。キャベツなどは1年中食べたい。しかし、レタスやキャベツを夏に収穫するのは非常に難しい。そもそもレタスやキャベツは涼しいところで採れる野菜なので、関東平野で真夏に作るのは相当な無理がある。私の妻からして、こうなのだから、まったく生産現場を知らない人からすれば、「スーパーにあって、何であんたたち農家は作れないの。それでもプロなの?」と思って当然である。
しかし、無理難題なのである。
消費者の皆さんに分かっていただきたいのは、食べたい時期、つまり食の旬と収穫の旬がずれる野菜があるという現実である。レタスやキャベツの類はその典型である。夏に関東地方で売られているレタスやキャベツは、ほとんどが長野や群馬などの高原地帯で採れたものである。
このような現実がある以上、環境問題や経済的な観点から生産者や地方自治体がいくら地産地消を主張しても、自然に反した食習慣を変えていかないと、消費者との溝はいつまでたっても埋まらない。平行線のままである。
(文責:鴇田 三芳)