第164話 春来

百姓雑話

陽だまりの椿

立春を過ぎ、日差しがだいぶ強くなってきた。まさに、光の春である。

農場の周辺でも、写真のように、椿が満開である。小鳥たちにとっては、餌が不足するこの時期に咲く椿の甘い蜜がとても貴重な食料源である。目をこらすと、椿の花にミツバチなどの昆虫も確認できる。彼らにも春来である。いたるところで命の再生産がもう始まっている。

畑の中では、菜の花がチラチラ咲き始めた。例年よりも3週間ほど早い開花である。たぶん、12月から1月上旬にかけて真冬並みの寒さが続き、1月中旬から月末にかけて春の陽気が訪れたためであろう。レタスなども先月中旬から急に成長し始め、予定より3週間ほど早い出荷となった。今後まだまだ寒さが続くというのに、畑の中もすっかり春模様である。

ところで、春来は良いことばかりではない。日差しが強くなると、昼夜の温度差が大きくなるので、温度管理が煩雑になる。夜明け前の最低気温が氷点下でも朝から快晴の場合には、9時を過ぎると育苗ハウス内の気温が30℃ちかくなるので、その前に必ずハウスの側面を開けて換気をしなくてはならない。うっかり忘れることは厳禁である。激しい温度差は野菜の苗に過剰なストレスを加えるだけでなく、苗を軟弱に育ててしまうからである。理想的には、温度差を20℃以内におさめ、じっくり育てたい。

また、春に収穫するレタスは年内から3月上旬にかけて植えるのだが、ビニールで必ずおおう。寒さに慣らしてあるレタスの苗は、氷点下10℃を切らなければ枯れることはないが、いくつかの事情があり、一定の大きさになるなではビニールでおおわなければならない。しかし、ビニール内を高温にすると、レタスの葉が焼ける恐れがあるので、晴れの日は、やはり9時頃までにはビニール・トンネルの裾を開けなければならない。そして、午後には閉める。苗を植えた後、この繰り返しが1か月以上も続く。実に煩雑であるが、これをしたくない農家は、誰でもできる時期、つまり値崩れする時期の出荷となる。

どんな職業でもそうかもしれないが、横着して儲けようなどとは、虫のいい話しである。当たり前のこと、やるべきことをコツコツとこなしてこそ、どうにか半歩他人の先に出られかどうかである。凡人が才能豊かな人に伍していくには、それしかない。

「亀でもウサギに勝てる」と思えるようになった時、私は還暦ちかかった。「もっと若い頃そう思えていたら、違う春来があったかもしれない」と、見事な椿を見ながら、ふっと思った。

(文責:鴇田 三芳)