第41話 自分の体はどこまでか

百姓雑話
これはテストえです

「自分体はどこまでか」という疑問を抱いたのは、今から30年ほど前である。微生物学の授業の中で、「細胞の中のミトコンドリアは、もともとは別の生き物で、太古のある時、真核生物の中に入り、その後一緒に生きてきた」と聞いた時からである。真核生物とは動物、植物、菌類、原生生物などの細胞内に核がある生き物である。現代では、遺伝子工学が発展し容易に遺伝子を組み換えられるが、ミトコンドリアのような神業は実現していない。われわれの卵子と精子の受精にしても、精子は、卵子の中で遺伝子を残し、自身は消滅してしまうようだ。ミトコンドリアのように細胞内で生き残ったりしない。

さて、本題。髪の毛や爪は、生きている組織ではないが、もちろん自分の体の一部である。では、抜け落ちた髪の毛、切られた爪は自分の体の一部なのか。「もはや自分の体の一部ではない」と思うのが普通である。なぜなら、自分の体に付いていないからだ。

では、われわれの体に付いていて、健康維持に大いに貢献している微生物は自分の体の一部なのか。あるいは、体の中にある食物は体の一部なのか。たぶん、「遺伝情報が異なるから、別の生き物で、自分の体ではない」と認識するのが常識なのだろう。

ここで、冒頭のミトコンドリアを考えていただきたい。ミトコンドリアは、各細胞の中にあり、われわれの生命維持に不可欠な活動をしているので、自分の体の一部としか言いようがない。しかし、ミトコンドリアは、われわれの各細胞の核にある遺伝子とは別に、独自の遺伝子を持っている。もし「遺伝子が同じ」という理由で自分と他とを区別するなら、ミトコンドリアは自分の体の一部とは言えなくなる。また、体に埋め込んだ人工心臓は、遺伝子を持っていない。しかし、現実的には自分の体の一部と受け止めるしかない。そして近い将来、パソコンやi phoneに代わり、たぶん、体内にマイクロチップが埋め込まれ、脳が自由自在に直接コントロールする時代が来るだろう。そのマイクロチップは自分の体の一部だろうか。

このように、疑問は尽きない。はたして自分の体はどこまでなのか。自分と他者との境はどこなのか。そして、自国と他国の境、国境はどこなのか、実に確定しがたい。現に日本は、ロシア、韓国および中国との国境問題の渦中にいる。資源と威信、そして多分、歴史的な恨みも絡み、解決の糸口がつかめそうもない。

もし人類が、人種や国籍の違い、文化や宗教の違い、あるいは資源や経済状況の違いを乗り越え戦争を回避しようとするなら、まずはイマジネーションの世界だけでも大きく拡げ、互いに共存していける知恵を持つべき時ではないだろうか。はるか太古の昔に真核生物と合体し、以来ずっと共生してきたと思われるミトコンドリアが人類の歩むべき道を示唆しているような、そんな気がしてならない。

(文責:鴇田  三芳)