この頃から、夏野菜の種を蒔き始める。トマト、ミニトマト、ピーマン、茄子、胡瓜、ズッキーニ、カボチャなどを次々に蒔いていく。一般的に、これら実のなる野菜は畑に直接種を蒔かない。育苗ハウスの中で育て、ある程度の大きさになった時点で畑に植える。この苗の善し悪しが畑に植えた後に大きく影響してくる。だから、昔から農民は「苗半作」といって、良い苗を作ろうとしてきた。
ところで、農業分野にも分業化の波が押し寄せ、効率を求めるあまり、自分で苗を育てない農家が非常に多くなった。専門的に苗を生産している農家から買うのである。ホームセンターに所狭しと並んでいる野菜や花の苗も苗農家から仕入れる。苗農家に聞けば、野菜を生産販売するよりも、苗のほうが儲かるという。
私見だが、農民が自前で苗を育てる努力を放棄し始めた頃から、つまり苗農家が増え始めた頃から、農薬の使用回数が増えたような気がする。苗農家は、利益を出すために、施設の稼働率を上げる必要がある。具体的には、育苗ハウスの温度を高めに設定し、できるだけ短い期間で育てる。当然のことながら、できあがる苗は病気に弱い。病気や害虫の発生した苗は売れないので、それらの発生に関係なく、農薬を定期的にかけるという。そのような苗がどんなものなのか、人間に照らし合わせて考えると分かりやすい。快適な生活空間で育ったために基礎体力が充実せず、薬に依存し、自己免疫力の衰えた半病人のようなものなのである。したがって、そのような苗を買った農家も農薬の使用回数が増えてしまった。
昔より農薬の使用回数が増えた背景を私なりに推察した、これが一つの結論である。この結論にいたる過程で耳にした、ある農家の言葉が今でも忘れられない。その農家は、自分で素晴らしい苗を育て、おいしいトマトを生産していた。いわく、「育苗屋のハウスには病原菌がうようよいる。だから、苗を買ったら、病原菌を自分の畑に持ち込むようなもんだ。大変だが、俺はずっと自前で育ててきた。他人に一度任せたら、腕が落ちちゃうよ」と。
では、どうすれば良い苗を自前で育てられるか。一言で言えば、「頭寒足熱」。受験勉強の時に、よく先生から言われたことである。植物の根は人の足と胃腸に相当するのだが、その根を温めて、寒さに負けない程度に地上部を冷やすことである。この考え方を昔から実践してきたのが「温床育苗」という方法である。地中に落ち葉や藁、家畜糞、時には人糞などを埋め込み、それらの有機物が分解する時に発生する熱で苗を寒さから守り育てる方法である。私が幼い頃、両親もその方法で苗を育てていた。
しかし、この昔ながらの方法は、手間がかかり、温度管理に熟練を要する。また、分解の過程でアンモニア・ガスを発生させると苗を枯らしてしまうリスクがある。だから、今ではほとんどの場合、地面に電熱線を張りめぐらし、その発熱を利用している。温度を設定しておけば、自動的に温度管理をしてくれる。本当に便利になった。
だがその一方で、古くからの先人の知恵を忘れ、電気への依存度を増してしまった。
(文責:鴇田 三芳)