第365話 生産緑地の2022年問題

百姓雑話

我が家から最寄り駅に向かう道筋に写真のような栗畑があります。2haくらいはあるでしょう。駅から徒歩で5分くらいにあり、周辺には高層マンションと真新しい戸建て住宅が林立しています。

これら栗の木は農業収入の目的で植えられたのではありません。税金対策です。宅地にすれば一等地のために相当な固定資産税を払うことになりますが、農地として所有していれば微々たる固定資産税ですみ、土地の値上がりを待っているのです。もし、1990年代のバブル経済の最盛期にこの農地すべてを宅地化していれば、50億円以上で売れたでしょう。

1980年代から90年代にかけて、日本の経済力の拡大とアメリカの金融政策(1985年9月22日のプラザ合意)によって急速な対ドル円高になり、日本はバブル経済にわき立ちました。あふれ返った円はいろいろなものに流れ込みました。とりわけ、土地や建物への投機はすさまじく、土地の価格が日に日に高騰しました。国内不動産への投機にとどまらず、ニューヨーク・マンハッタンのロックフェラービルや名画も買いあさりました。土地への投機は田舎の農地も及び、農地が次々に宅地化され、都市部の農地はみるみる激減していきました。まさに、今世紀の中国も同じ道を歩んできました。

そこで政府は1992年、土地投機の鎮静化と都市部の農地を守るために都市部の農地を「生産緑地」に指定し、固定資産税や相続税を減免する代わりに、農地所有者に30年間の営農義務を課しました。これにより、生産緑地に指定された土地は「農地」として使用しなければならなくなり、農地を宅地に転用することが難しくなりました。たぶん、冒頭の栗畑はその例と推察できます。

あれから30年。日本社会は激変しました。

その当時の予測に反して、バブル経済は破綻し、長い長いデフレ経済が続き、経済力は低下の一途。それに人口減少、勤労者の所得の減少、老後の不安などが重なり、土地の価格は下がる一方です。人が住んでいない空き家問題が大きな社会問題にさえなっています。

こんな社会情勢になってしまった今、よりにもよって、「生産緑地」に指定されて宅地化できなかった都市部の農地が一斉に宅地化できるようになりました。おそらく、下の写真はその例でしょう。我が家の近くで、5ha以上もありそうな農地(主に梨園)が宅地化され、すでに真新しい戸建て住宅が建ち始めました。手前の空き地は、一気に宅地として分譲すると値崩れするために、塩漬けされているのでしょう。

このような現象は、今後、都市部ではあちこちで起きそうです。これが「生産緑地の2022年問題」です。

農地の値上がりを期待していた農家や固定資産税の増加を計画していた行政機関は残念がるでしょうが、宅地が欲しい庶民には朗報となるかもしれません。

(文責:鴇田 三芳)