第127話 生産と消費

百姓雑話

 

昔は多分、「消費者」という言葉はもちろん、「消費」という概念さえなかったかもしれない。江戸時代に「士農工商」という身分階級が確立されても、人口のほとんどは農民であったから、生産者と消費者を峻別する意味がなかったのであろう。

ところが、工業製品が社会に溢れ始めた頃から、使い捨ての文化が浸透し、消費という概念が社会的地位を得、生産者と消費者が対等に語られるようになった。そして、農林水産業の衰退に反比例するかのように、消費者が勢いを増し、生産者を圧倒するようになった。

そして、「お客様は神様です」という名文句を歌手・三波春夫氏が使うようになってから、いろいろの場面でこの言葉は使われるようになった。社訓や社是に掲げる企業も少なくないであろう。物やサービスを売る者が消費者を、「お客」と呼ばず、「お客様」と呼ぶようにもなった。この範囲ならまだしも、消費者は生産者や販売者に対して理不尽な態度、あるいは横柄な物言いをしても構わないという風潮が蔓延している。どうも私は違和感を覚えてならない。

私たちの生活を支え命をつないでいる物は、けっして空から降ってくるものではなく、人々の生産活動の結果である。その生産活動を消費活動の下位に置き、あたかも消費者が生産者を支配するような社会に、あるいは文明に深い危機感を感じるのは私だけだろうか。

しかし、金属と石とプラスティックに埋め尽くされた無機質な都会を離れ、豊かな自然環境をじっくり観察すれば気づくであろう。自然界は実に見事である。生産と消費は「物質の循環」という法則のもとで対等な関係、あるいは相補関係にある。

人間界も同じではないだろうか。生産があって消費があり、消費があって生産がある。江戸時代までの都市と農村はそんな関係にあったらしいが、残念ながら、現代はそんな関係が希薄になってしまった。深刻な食糧危機にでもならないかぎり、生産と消費の対等な関係が成立しないのだろうか。あるいは、国家の財政が破綻し、行き過ぎた貨幣経済が是正されなければ、実現しないのだろうか。

できれば、そんな過酷な状況に追い込まれる前に、生産と消費が対等に扱われる時代が来て欲しい。

(文責:鴇田 三芳)