第76話 6次産業化と所得倍増

百姓雑話

近年、「将来の成長産業は農業です。6次産業にすればいいんです。農産物の生産が1次産業、それを加工するのが2次、販売まで手がければ3次、合計で6次産業です」と首相自らが公言し、役人や政治家、マスコミなどがあおり立てる。「そんなにも農業が成長産業と言うなら、自分でやってみろ。技術指導くらいなら協力するぞ」とへそ曲がりの私は思ってしまう。「1次から3次までを足して6次産業」などという机上の発想と無責任な発言に違和感を覚えてならない。

農産物の加工は既に強固な業界が形成されているため、政府が農家や農業団体を対象に6次産業化を強く推し進めても、結局、既存の加工や流通の業界だけが潤い、農民は何の利益も得ないような事態にならないだろうか。

つい最近では、「農家の所得を倍増する」と安部政権が政策目標を掲げている。そのポイントは農地の規模拡大である。耕作放棄地などを公的機関がまず借り受け、税金を使って放棄地を使える状態にしたり、農地の区画を大きくしたり、水路などを整備し、大規模農家や農業法人などの担い手に貸しつける計画である。私はこの政策が成功することを願っている一人であるが、かつても似たような事業を政府が行なったものの、うまく進まなかったという過去がある。地主が、耕作していないにもかかわらず、農地を手放さなかったからである。「農地を使わなで放っておいても、何も損することはないし、いずれ宅地にしてガッポリ儲かるかもしれない」と地主は考えているからである。その、かつて成功しなかった政策に再チャレンジするには多額の税金を投入することが予想されるが、どのように国民の理解を得るのだろうか。そこがポイントである。

また、農家の所得倍増計画にしても、政府の思惑どおりに簡単に実現できるのだろうか。膨大な税金を農業分野に何十年もの間つぎ込んできたにもかかわらず、衰退の一途をたどってきた失敗を繰り返さない保証はあるのだろうか。衰退してきた原因や理由を深く掘り起こし、それらを抜本的に改善しないで明るいヴィジョンが描けるはずがない、と考えるのが論理的である。

こんなことを考えてみると、また政府は税金の無駄遣いの口実として、「6次産業化」とか「農地の集約」とか「所得倍増」などと言っているのではないかと疑ってしまう。

本気で日本の農業を再興するのであれば、農地の所有に関する法律を抜本的に改革するしかない。例えば、耕作放棄地は強制的に公的機関がただ同然で没収するとか、宅地のように農地も民間組織が自由に売買できるように法律を変えるとか、利益が出ない農家も含めて全ての農地に固定資産税を課すとか、3年続けて利益の出ていない農家には所得補償をしないとか、時代を画するような決断が必要である。まさに首相や関係大臣が命がけで臨むしかない。

そして、時間がかかるものの、たぶん国民の精神的な部分から変えなければならないと私は思っている。それは、まさに教育の領域である。

今から四半世紀も前のことだが、アフリカのケニヤやソマリア、タンザニアなどに滞在していた時、小学生が学校で農業を学んでいた。そのころから日本の農業の行く末を心配していた私は、その子らが持っていた教科書を見せてもらった時、「これだ」と直感した。教育から変えなければ、日本の農業の明るい未来は決して訪れない、そう私は確信している。

(文責:鴇田  芳)