第80話 餌(えさ)を喰う

百姓雑話

ある高齢の料理家が印象的なことをおっしゃった。「お袋の味が家庭から消え、今や袋の味になってしまいました」と。現代の食生活をうまく言いあてていると感心した。

ところで、「餌(えさ)」と聞いて、あなたは何を連想されるだろうか。豚や牛などの家畜であろうか。あるいは猫や犬などのペットだろうか。人によっては、輸入穀物を連想されるかもしれない。あるいは安全性の違いを連想されるだろうか。

そもそも、餌(えさ)とは何なのだろうか。人間が日々食べている料理品と家畜やペットなどが食べる餌(えさ)は何が違うのだろうか。

例えば、放牧されている牛が草を食べているのを見て、「牛が餌(えさ)を食べている」と普通は言わない。「牛が草を食べている」と言う。しかし、その草を人が刈ってきて牛に与える時は、「牛に餌(えさ)をやる」と言うのが一般的ではないだろうか。つまり、他者から与えられた食べ物を「餌(えさ)」と言うことがある。現代では、どれくらいの人が自分で作った食べ物を食べているのだろうか。他者から与えられた餌(えさ)のような食べ物を食べていないだろうか。

次に安全性の観点から、餌(えさ)を考えてみたい。たぶん、人間の食べるものの方が動物の餌(えさ)よりも、法的には安全性が確保されているはずである。しかし、実際はどうだろうか。スーパーなどで売られている加工食品やコンビニ弁当の材料を見ると、実に多くの化学物質が添加されている。保存料、防腐剤、着色料、発色剤、膨張剤、化学調味料、ph調整剤、酸化防止剤、増粘剤、香料、合成甘味料、・・・・・。中には、健康に悪影響を及ぼすと指摘されているものも使われている。これらは人間の食べる料理品か、おカネ儲けのための工業製品か、それとも餌(えさ)なのか。

私どもの農場の近くで何十年も鶏の卵を生産している農家がある。たくさんの食材を独自に配合し、栄養バランスのとれた餌(えさ)を与えている。もちろん、遺伝子組み換えの穀物は使っていない。ちょっと味と手を加えれば、人間も食べられそうな餌(えさ)である。だから、1個40円以上でないと採算がとれないという。10個入り100円くらいの卵とは別物のようである。

ひるがえって、忙しい現代人の朝食はどうだろうか。粗末な食事になっていないだろうか。食パンとコーヒーとか、サラダや野菜ジュースのみとか、通勤途上でサンドイッチやおにぎりで空腹を満たすとか、あるいは朝食抜きで仕事に就くことはないだろうか。この頃、朝食を抜いたほうが健康に良いと唱える人もいるくらいである。

また、朝食に菓子パンやスナック菓子を与えるだけで子どもを学校に送り出す親が増えているという。なかには、育ち盛りのわが子に何も食べさせないまま、学校に行かせる親もいるという。悲しいかな、これでは餌(えさ)以下である。野鳥でさえ虫や魚を次から次とわが子に運んでいるではないか。

こんなにも物が溢れている現代で、なぜ貧しい食事が普通になってしまったのだろうか。健康に良い食事よりも、もっと高価な薬や病院のほうが大事なのだろうか。私にはとても理解できない。「医食同源」という考え方があるが、これは正しくないと思う。本来は、食が主であり、あくまでも医は補助手段である。私にはそれが自然なように思えるのだが、、、。

(文責:鴇田  三芳)