「どれくらい資金を用意したらいいでしょうか?」と、新規就農を希望する人から尋ねられることがある。実に答えにくい質問である。家族構成や本人のライフ・スタイル、希望する農業形態や就農地などによって必要となる資金は大幅に異なるからである。もちろん、本人の能力や年齢も関係してくる。だから、一概に言えないのである。それでも、農家出身でない場合は、「1000万円くらいは用意した方が良いですよ」と一応アドバイスする。とにかく、一から農業を始めるには、よほど幸運に恵まれないかぎり、相当な資金が必要になる。農業に精通された著名な研究者が「農業は装置産業だ」と表現されたことがあるが、まさにそのとおりである。順調に利益がでるまで、投資の連続である。
ところで、新規就農を希望する人の中には、「学ぶことへの投資」も必要であることを甘く考えている人が少なくない。そのような人は、就農投資として機械や資材の購入とか、軌道に乗るまでの生活費くらいしか想定していないのである。
改めて言うまでもないだろうが、農業で生計を立てるには、それ相応の農業技術が必要である。くわえて、出費を抑え経営を安定させるには、農業に関する技術だけでなく、他の分野の技術も必要になる。特に、機械類を修理する技術、施設を建築する技術、電気や水道などを工事する技術、そして経理事務はきわめて有効である。
もちろん、農家にとっては農業技術がもっとも重要であることに変わりはない。生業として農業を営んでいる農家は多岐にわたる農業技術を駆使している。一つひとつ挙げたら、数冊の本になるくらいである。農業経験のない就農希望者がプロの農家で毎日みっちり実習しても、1年くらいではマスターしきれない程である。
しかし現実には、技術の重要性を具体的に認識しないまま就農してしまう人たちがいる。当然のことながら、そのような人たちは、失敗の連続に心身とも疲弊し、資金が尽き、挫折してしまう公算が高い。
課題は技術の習得だけではない。技術を単に模倣するだけでは不十分である。私の経験では、ほとんどの実習生は技術の根底にある基礎知識も不十分である。例えば、農業に直結した基礎知識である「光合成」や「発芽条件」を質問すると、その内容を具体的に答えられない人がいる。あるいは「比熱」や「比重」といった中学校で習ったことさえ忘れてしまっている人が多い。少なくても義務教育レベルの理数系知識くらいは頭に入れ、技術の意味を深く理解し、学んだ技術を自分なりに応用できるようになるまで磨かなければ、斜陽産業である農業で喰っていくのは難しい。
さらに、前話「チャレンジとミス」で述べたミスを減らすためにも、できれば実習期間に技術だけでなく失敗体験もたくさん学び疑似体験することである。それらを自分自身の財産にしてから独立してもけっして遅くはない。遠回りのようだが、結果的には近道になる可能性が高いのである。
農業経験のない人が農業を始めようとする時、まず学ぶことが非常に重要であり、学ぶことへの投資も就農投資の一つなのである。
(文責:鴇田 三芳)