第146話 土に生きる

百姓雑話

農作業をしていると、いろいろな動物と出会う。野良犬や野良猫、カラスなどはもちろん、たくさんの虫たちも見かける。この時期よく見かける虫は、クモとハサミムシである。クモは巣を作るものではなく、自由に動き回るクモである。農薬を散布していないので、特にクモが多い。畑を耕した翌朝、キラキラ輝くクモの糸が畑一面を覆っている。たぶん、耕したために地中から出てきた虫をクモが捕食したのだろう。

この頃から、クモが卵の白い塊(かたまり)をかかえるようになる。そして先日、孵化したクモの子が親の背中から四方八方に散っていくところを初めて見た。感動的だった。写真がそれである。まさに「クモの子を散らすように」という喩がぴったりであった。

クモもハサミムシも肉食性で群れを決して作らない。カマキリやカエルも同様である。これらは皆、害虫も食べてくれる大事な味方、天敵である。喰われる小さな虫のほとんどは草食性だから、元をたどれば、クモやハサミムシ、カマキリやカエルも土に生かされていることになる。

土に生かされている動物と言えば、ミミズが代表格ではないだろうか。何しろミミズは土を食べる。その中に含まれる栄養物を吸収し、コロコロした土を排泄する。このコロコロした土は、少なくても3つの効用があり、植物にとって非常に良好な土壌環境を作る。まず有機物が、ミミズの消化器を通過したことで分解され、植物が吸収しやすい状態になっている。

二つ目は、スポンジのように水を吸収するとともに適度に空間を作るので、保水性と排水性をバランス良く保つ働きをする。その効果がいかんなく発揮されるのが梅雨の時期から秋の台風シーズンにかけてである。大雨が降っても、地表に水が溜まらない。陸地に生息するほとんどの植物は、土に含まれる水分が多過ぎると生育不良を起こし枯れてしまうこともあるので、ミミズ働きは絶大である。

そして、3つ目の効用は、排泄された土に有害な菌を殺す作用があるらしい。その成分を抽出した商品が市販されてもいる。

このような働きをしているミミズは、他の生物を襲うキバやハサミがあるわけでもなく、わが身を守る甲羅や毒も持っていない。生きていく上で必要最小限の器官と組織しか持っていないように思える。ただひたすら土を食べ、モグラや鳥などに捕食されても、地球上いたるところに生息している。

ところが、ミミズの生存を脅かす生物が現われた。それは人間である。人間は、農地を作るため、あるいは木材を得るために見境なく森を切り拓いてきた。また、半世紀ほど前からは農薬をまき散らしてきた。かつて日本の農民は、堆肥を作り、ミミズの効用を熟知していたが、今やそんな農民は少数であろう。一般の消費者にいたっては、土に生かされ大地を肥沃にするミミズを汚いと嫌う人が圧倒的多数であろう。

しかし、そんな人間自身も、やはり土に生かされているのである。

(文責:鴇田 三芳)