第300話 セミとモズと宵待ち草と

百姓雑話

明日は敬老の日。私の65歳の誕生日でもある。私が老人の仲間入りする日を国が祝ってくれるとは、偶然ではあるが、嬉しいことである。この歳になっても、持病の軽い膝痛と疲れやすくなったことを除けば、他に体の不具合はない。虫歯もまったくなく、すべての歯がきれいに揃っている。有難いことである。今後、歳相応に仕事の仕方を変えれば、まだまだ現役百姓を続けられそうである。

ところで、先週は残暑が戻ってきた。9月になってから比較的涼しい天気が続いていただけに、かなり体にこたえた。首と額と両手を保冷剤で冷やさないと眠れないほどだった。

そんな暑さの戻りから、作業場の裏手の森からはセミの鳴き声が響いてきた。日中はミンミンゼミとツクツクボウシが、朝夕の涼しい時間帯にはヒグラシが鳴いていた。

それでも、季節は確実に進んでいて、畑の周囲には「宵待ち草」が黄色い花を次々に咲かせている。秋の野草である。余談になるが、「宵待ち草」は竹下夢二の詩によるらしい。実際に農場の周囲に自生しているのはマツヨイグサのようである。一つ一つの黄色い花は比較的小さく特に目立つ花ではないが、一本の茎にたくさん花が次々咲く。群生していると、実に見事で大いに人目を引く花である。

その草むらからは山を下りてきたモズの「チッ、チッ、チッ、・・・・・」と甲高い鳴き声が飛んでくる。モズは、中秋を告げる渡り鳥で、スズメほどの大きさながら肉食で精悍な顔つきをしている。各個体が縄張りを持ち、単独で越冬する孤高の鳥である。甲高い鳴き声は縄張り宣言なのである。

子どもの頃、北関東の冷たい「からっ風」が吹きぬける水田地帯で遊んでいると、用水路の所々に生えている低木にカエルやトカゲ、昆虫などが串刺しになっているのをよく見かけた。モズの有名な習性である。たぶん、冬場用の保存食なのだろう。稲刈りの終わった直後の水田はモズにとって格好の餌場になっている。

数日前、残暑に疲れた体を休めながら、ふっと過去と未来に想いを馳せた。「新規就農して四半世紀、私はセミのように闇の中で黙々と、時にはモズのように生きてきたのかもしれない。しかし年々、意思どおりに体が動かなくなってきた。これからは、できれば宵待ち草のように人生の幕を閉じられたら良いなあー」と。

(文責:鴇田 三芳)