第152話 好きな野菜、嫌いな野菜

百姓雑話

食べるのが好きとか嫌いとかではなく、栽培するのが好きか嫌いかという話しである。栽培する野菜の種類を増やすつもり人や新規就農者の参考になれば、幸いである。

私は、販売と自給の都合で、旬の野菜を切れ目なく、年間40種類ほど栽培している。農業が性に合っているとはいえ、すべての野菜の栽培が好きという訳ではない。なかには、嫌いな野菜もある。正直に言えば、販売の都合上、仕方なく栽培するものもある。例えば、大根、白菜、キャベツ、ごぼう、里芋、長ねぎがそうである。前の3種類の野菜は「重量野菜」の御三家である。当然だが、嫌いなものには、それなりの理由がある。

嫌いな理由に言及する前に、栽培する際の理由を挙げる。私は、どんな野菜でも次のような15以上の理由を考慮し、栽培するかどうか、栽培する場合はどれくらいの面積にするか決めている。儲かるからとか、作り慣れていて簡単だからなどという単純な理由だけで栽培するかどうか決めたりはしない。それらの理由は、お客様のニーズがどの程度あるか、自分や家族が食べたいか、利益はどの程度出るか、あるいはどの程度の赤字になるのか、どんな栄養がどの程度含まれているか、おいしいか、栽培や収穫などの際に体への負担はどの程度あるか、病害虫や雑草の被害にあいやすいか、収穫適期は長いか短いか、栽培期間は短いか長いか、失敗しやすいか、失敗しない場合でもロスがどの程度出るか、後作への悪影響があるか、新たな投資が必要か、自然の脅威を受けやすいか、一斉収穫ができるか、それとも長期間にわたってだらだら収穫するのか、収穫後に貯蔵する必要があるか、そして、技術的な進歩が見込まれるか、などである。これらの栽培理由のどれを優先するかはケース・バイ・ケースであるが、体への負担が大きいかどうかは常に重要視している。うっかり腰でも傷めたら、仕事どころか、人生を棒に振る可能性すらあるからだ。

さて、話しを戻そう。上記の6種類の野菜、大根、白菜、キャベツ、ごぼう、里芋、長ねぎには、私にとって次のようなネガティブな共通の理由がある。まず、寒い時期の長ねぎを除き、どれもお客様の需要が少ない。ほとんど栄養がない。それもあって私は、食べるのが嫌いではないが、特に食べたいと思っていない。どちらかと言えば、栽培期間が長い。里芋、長ねぎの栽培は非常に長い。作業の際に体への負担が非常に大きい。この理由は重要である。そして、技術的な進歩がほとんど見込めない。どれも簡単である。農薬を使う農民であれば、誰でも栽培できる。したがって、世間に出まわる量がだぶつき価格競争になりやすく、労働採算性が極端に悪化する。私の場合、長ねぎ以外は必ず赤字になる。こんなにもネガティブな理由が重なると、心理的な拒否反応によって作業がつい後手に回り、技術的には極めて簡単でも、私は失敗しやすい。

では、私の好きな野菜の御三家、枝豆、ブロッコリー、さつま芋はどうか。前話でも述べたが、これらの野菜は一年中食べたい。栄養が豊富でおいしいためである。自然災害や病害虫の被害にもあいにくいので、まず失敗しない。体への負担も比較的少ない。枝豆とブロッコリーは、農薬を使わなくても私はほとんど失敗しないが、一般の農家はかなり農薬を使うので、相対的に付加価値が上がり十分利益が出る。栽培しない理由は何もない。

ただし、さつま芋は、誰でも無農薬栽培ができるので利益が出ない。貯蔵の必要があり、面倒である。しかしそれでも、私の準主食であり、毎日でも食べたいので、栽培するのがとても好きである。収穫の時は、いつもウキウキする。

(文責:鴇田 三芳)