日頃あまり意識しないで服を着ている人も多いだろうが、服装はとても重要である。生きていく上で欠かせないものとして、昔から日本では「衣食住」と序列をつけている。これら3つの中でも、「衣」がもっとも生命維持に直結している。家がなくても、人は死なない。路上生活者を見れば、明らかである。食べ物がなくても水さえ飲めば、1週間や10日くらいは命をつなげられる。しかし、寒さで体温を保てなくなれば、そく死につながってしまう。冬山での凍死の例を挙げるまでもないだろう。
ところが、石炭や石油などの化石燃料をふんだんに使えるようになってからは、寒い季節や地域でも、服が命に直結するようなことはなくなった。そのためか近代以降は、「服装」と言えば、「ファッション」とか「仕事着」を連想するくらいで、服装の本質的な目的であった防寒の重要性が薄れてしまった。
しかし、職業として農業を営むのであれば、やはり服装に十分気を配る必要がある。ハウス栽培なら別だが、露地栽培の場合、「服体知」という序列を付けてもいいくらい、服装が重要であると私は思っている。ここで言う「体」とは体力であり、「知」とは知識である。
ところで、私どもの農場がある地域では、真冬の最低気温が零下10℃くらいになる。そんな冷え込んだ朝でも、必要があれば、防寒着を着こんで外で作業する。その一つの作業が畑の土を良くする作業、いわゆる「土づくり」である。畑に米糠と籾殻を直接まき、トラクターで浅く耕す方法を15年以上も続けてきた。冬場の大事な作業である。
余談だが、この方法で土づくりを始めた頃は、「じかに米糠などの有機物を土に混ぜ込むのは邪道だ」と非難されたこともあった。「有機農法では完熟堆肥を土に入れるものだ」というのが常識だったからである。消費者はもとより、農家のほとんどは有機農法イコール堆肥の使用と今でも思っている。しかし私は、有機物を直接土に混ぜ込む方が、堆肥を使うよりも利点が多いと確信している。
本題に戻ろう。「土づくりの必要性はわかるが、何も寒い早朝にしなくてもいいではないか」という声が聞こえてきそうである。しかし、私は土づくりの作業を冬場に行なうため、日が高くなり少し暖かくなると、凍っていた畑の土がとけ、ドロドロになり、とても米糠や籾殻をまける状態ではなくなるのである。もちろん、トラクターで耕すこともできなくなる。つまり、寒い早朝でしかできない作業なのである。
このような訳で、私にとっては、軽くて暖かい防寒服が不可欠である。それとともに、日差しが強い季節には遮光服と帽子が重要になる。ガンや白内障の原因になる紫外線を遮るためである。いくら暑くても、半袖シャツと半ズボンは厳禁である。できれば常に手袋も着けたいが、作業性が落ちる時は、仕方なく素手で行なう。
さらに付け加えれば、ジーンズなどの平織りのズボンも厳禁であり、長靴は雨の日以外は基本的に履いてはいけない。どちらも膝への負担が増すからである。ニットのズボンと上着、そして軽い地下たびがもっとも良い。微々たる違いだが、日々の服装の違いが長年蓄積すると、大きな違いとなる。例えば、服装に無頓着な農民は、腰痛や膝痛などの健康被害のために挫折する確率が高くなるだけでなく、作業に緻密さが欠けているようだ。
たかが服装、されど服装なのである。
(文責:鴇田 三芳)