第325話 バランス

百姓雑話

私たちは微妙なバランスを保ちながら生きている。

例えば、血液中の塩分濃度が低下しすぎると熱中症などになり、高すぎると高血圧になる。日ごろ何気なく歩いているが、微妙なバランスをとりながら体重移動をくりかえしているから、歩行が可能になっている。そのための筋肉の収縮は筋細胞内のカルシウムのバランス変化によっておこっている。

農業も、微妙なバランスの上になりたっている。例えば、植物の地下部(ほとんどは根)と地上部(枝、葉、実など)のバランス、および肥料成分ごとの濃度バランスは非常に重要である。これらのバランスはとりわけ、生産物の量と質に大きな影響をおよぼす。

関東以南の温暖地では、盛夏をすぎるとトマトはもうからなくなる。玉割れが頻繁に発生するからである。その主因は、根が吸収する水分量と地上部が消費する水分量のアンバランスである。夏を生き抜こうと根は水分と養分を求めて急速に発達する。ところが、盛夏をすぎて気温が下がり始めると地上部(おもに葉)では水分の消費量が減り、あまった水分は果実に行くしかなくなり、トマトが割れる。

各種の肥料成分のなかでも、窒素、リン酸、カリ、マグネシウム、カルシウムが一般的に重要視されている。とりわけ窒素は別格あつかいされる。窒素が多いと、生育が早くなり、収穫量が上がるためである。その一方で、窒素が多すぎると病気になりやすく、収穫物の味が落ち日持ちも悪くなる。肥料もやはり、「過ぎたるは及ばざるがごとし」で、各種の肥料の量とバランスが重要である。

豊かな自然環境には多種多様な生き物が微妙なバランスをとりながら共存している。一種類の植物が農地を独占すること自体、自然のバランスを崩している。そもそも、農業は不自然な行為なのである。

私たちの社会もバランスなくして立ち行かない。経済部門では「バランス・シート」とか「プライマリー・バランス」などの用語がよく使われ、安全保障では「軍事バランス」が欠かせない。

そして、人生もまたバランスが大切である。微妙にバランスをとりながら、死に向かって歩む綱渡りのようなものかもしれない。「高齢者」と呼ばれる歳になって、そんなふうに思える。

(文責:鴇田 三芳)