第181話 農産物の旅

百姓雑話

先週の日曜日、ジャガ芋を初収穫した。珍しく今年は遅霜の被害がなく、5月が記録的な少雨であったために病気が発生せず、一株に1.5kgを超える芋がついている。20年以上も営農してきたが、こんなにも豊作の年は初めてである。

ところで、農産物も旅をする。海を渡り、空を越え、長い旅をして来る農産物が少なくない。ジャガ芋もその例にもれず、中南米を侵略したスペインがヨーロッパに持ち込んでから、世界に普及していった。気温が低いために米や麦が栽培できない地域では貴重な主食になっている。それによって、ジャガ芋は世界史に大きな足跡を残してきた。

例えば、産業革命以降、イギリスがスペインとの戦争に勝利し世界の覇権を握った背景には、いち早く産業革命を推し進めただけでなく、ジャガ芋の存在が大きい。ジャガ芋が庶民の胃袋を満たしたからである。スペインにとっては皮肉な結果としか言いようがない。時代は下って、覇権国のイギリスにドイツが挑んだ背景にもジャガ芋の存在がある。

ほかにも、ジャガ芋には悲しい歴史がある。第23話「ジャガ芋あれこれ」で述べたように、19世紀中ごろ、ヨーロッパでジャガ芋の病気が蔓延し、多数の餓死者を出した。特にジャガ芋を主食としていたアイルランドでは100万人以上が餓死したと伝えられている。

農産物は、長旅の末に世界に広がっていっただけでなく、今や日常的に船やジェット機で世界の隅々まで運ばれている。日頃、日本人は居ながらにして世界中の農産物を食べている。ひとつひとつ挙げたらきりがない。海産物や花も同様である。

TPP交渉では、農産物の貿易自由化に関する交渉が難航しているように伝えられている。しかし、野菜や果物などの農産物は、もう既に日本は門戸を開いている。日本政府が主張する米の自由化阻止も時間の問題である。ごく一部の既得権者を除けば、国民の大多数は自由化され安くなることを歓迎しているからである。「主食の米を自由化すると、いざという時に大変である」という主張があるが、そんなことは起きない。水田は有り余っており、備蓄も十分あるからである。また、稲は、ジャガ芋のように病気になりやすい植物ではなく、年々進む温暖化によって冷害による不作を心配することはない。火山の大規模な噴火か大隕石の衝突による一時的な寒冷化でも起きない限り、もはや不作は起きない。

それでも、米の不作による価格高騰や飢餓を心配する人は、米よりも、小麦や飼料用トウモロコシの価格高騰をもっと憂慮すべきである。小麦粉はもちろん、それを加工したパン、ケーキやクッキー、うどん、パスタなど、それらのほとんどが輸入小麦に依存している。日々の食事や菓子類に欠かせない鶏卵はほぼ全て輸入トウモロコシに依存している。鳥肉や豚肉もトウモロコシが変化したものである。

人類が地球の隅々で生活している時代においては、食べ物を求めて大集団で移動することはほぼ不可能であり、悲劇を生む。であるなら、食べ物を移動させるしかない。これを否定し、食べ物の移動を禁止しようとすれば、それらを力ずくで奪おうとする人々が必ず出現する。

結局、その行くつく先は戦争である。食べ物の怨みは、実に怖いのである。

(文責:鴇田 三芳)