稲刈りが始まった。黄金色の稲穂が北寄りの涼しい風に揺れている。瑞穂の国を象徴するような光景である。幸いにも、今年は台風の被害がなかったので、おいしい良質米がきっと採れるだろう。
ところで、農業は「装置産業」と言われることがある。今では、昔のように鍬や鎌などの手農具はほとんど使わず、機械類がなければ仕事にならない。とりわけ稲作は、米価の下落によって利益率が年々減っているにもかかわらず、高額な機械類を揃えなければならない。
かつて、お世話になっている稲作農家にその現実をお聞きしたことがある。彼によると、何はともあれ、各種の機械と施設を取り揃えなければならないと言う。少なく見積もっても、トラクター、田植え機、稲を刈り脱穀するコンバイン、トラック、籾すり乾燥機、草刈機、農薬散布機、肥料まき機、種まき機、育苗施設、籾すり乾燥機をおおう作業場と倉庫が必要となる。これらを一式新たに揃えると、数ヘクタールの稲作農家の場合でも、ざっと2000万円くらいはかかるそうだ。それも、これらのほとんどは年に一度しか使わない機械や施設である。
この近辺では、1ヘクタールあたり良くても5トンほどしか採れない。東北や北海道の産地に比べ、かなり少ない。近年の米価は、JAに販売すると60kg(1俵)あたり約1万円だから、1ヘクタールあたり80万円ほどの売り上げとなる。3ヘクタール耕作しても、240万円の売り上げである。日当1万円で30日稲作に携わるとして、人件費が30万円。種や農薬、肥料、燃料、修理などにかかる費用を50万円とすると、機械類の償却に回せる金額は160万ほどである。機械類などに投資した資金を回収するのに13年ほどもかかってしまう。
こんな実態で稲作を続けようと思う農家はどれだけいるだろうか。数ヘクタールの規模では、稲作専業ではとても喰っていけない。実際、先に挙げた知り合いの農家は、稲作は2ヘクタール強で、畑作が主である。
今までに、10人ほどの米作農家に「儲からないにもかかわらず、どうして米を作るのか」と尋ねたことがある。「当たり前だろう、主食だよ」と私を叱責するかのように力強く答えられた農家。「子どもたちや親戚縁者に食べてもらいたくてねー」と笑顔で答えた農家もおられた。「高い機械類を揃えちゃったから、仕方ないよ」と苦笑された方も。「皆がやめていくので、誰かがやらなくちゃならないだろう」と重い荷物をみずから背負った方もおられた。
雇用保険や労災保険、有給休暇、年金保険や健康保険に守られている会社員の方々に、こんな答えを口にする農民の気持ちがどれほど理解できるだろうか。
せめて、おいしい新米を食べる時くらいでも、稲作農家に少しは想いを寄せてもらいたい。
(文責:鴇田 三芳)