第195話 心の支え

百姓雑話

天職と思って始めた農業だが、毎年この頃になると心が折れそうになる。「もう農業をやめたい。サラリーマンとして現金収入を得ながら、家庭菜園でのんびり野菜を作り快い汗を流すほうがいい」と今まで何度も思った。語り尽くせぬ苦労と多額の投資の末にやっと軌道にのせた印西市の農場(三自楽農園)を研修生に貸したのも、そんな思いもあってのことである。

心が折れそうになるのは、3つの苦難がこの時期に重なるからである。

一つ目は、超多忙のために肉体を限界ギリギリまで酷使することである。秋以降は、北海道や東北地方から安い野菜が首都圏に流れ込んでくる関係で、大して稼げない。だから、夏野菜を最大限作らなければならない。当然のことだが、収穫に追われる。その一方で、秋冬野菜の作付けが目白押しのため、早朝から晩まで息つく暇もない。そのような超多忙にくわえて、溜まりにたまった夏バテが現われ始めるのもこの時期である。

二つ目は、この頃から出荷できる野菜の種類と量が極端に減り、お客様に迷惑をかけてしまうため、何かと神経をつかいストレスが蓄積する。

そして三つ目は、台風の襲来である。この辺りは、9月が台風の被害がもっとも出やすい。ここ10数年の間に、猛烈な台風の直撃を2回経験したが、どちらも9月であった。2001年の時は、今でも忘れない9月10日である。ニューヨークの貿易センターのツイン・ビルが崩れ落ちた、その前日である。ニューヨークの被害も空前の規模であったが、我が農場も壊滅状態で、ハウス内の野菜以外はほぼ全滅であった。農場が荒野と化し、茫然自失の我が身をおして、その後の2週間くらいは虚しい片付けの日々が続いた。こんな経験をすれば、誰だって肉体的にも精神的にもボロボロになってしまうだろう。2010年の時も同様な惨事になった。

このような苦難を経験しても、気を取り直し、どうにか立て直してきた。

ところが、体力の限界を自覚し始めた頃から、「どうして俺は農業を続けるのか?そうする自分の心の支えは一体何なのだろうか」と自問することが増えてきた。

心の支え。各人各様、誰でも持っているのだろうが、なかなか明確に自覚しにくいかもしれない。もしかすると明確に自覚しないまま、ある日突然、お迎えが来てしまうかもしれない。それが自然というものなのだろうか。

(文責:鴇田 三芳)