日本は戦後、街も家も職場も、何もかも荒廃した状態から驚異的な復興をとげた。それは多分、人心だけは荒廃していなかったからだろう。とりわけ、物資に困窮する中で生まれ育った団塊世代とその前後の世代は、復興の中核をなす人たちであった。
今から振り返れば、1990年代後半から経験してきたデフレ経済は、まさにこれらの世代が第一線から退き始めた時期に一致する。行政関係者を擁護する訳ではないが、この符合から想像すると、デフレ経済の到来は歴史の必然だったような気がしてならない。
そして、歴史は今日も、日々着実に動いている。生活に追われて気づきにくい程ゆっくりと、時には劇的に変化している。その動きの彼方で、変化の先で私たちを待ち受けている未来は、どう見ても、「明るい未来」になる公算はきわめて低い。
そんな日本の近未来を、せめて「暗い未来」にしないための方策がない訳でもない。その一つが団塊世代を中心とする現役引退世代の社会貢献である。体力と財力に少しゆとりのある年金生活者の再登場が望まれている。
もちろん、「何十年もがむしゃらに働いてきたんだから、もうのんびり好きな趣味の世界を満喫したい。仕事まがいのことは、もうご免だ」と意を決している人もたくさんおられるだろう。もっともである。何十年にも及ぶ激烈な日々の再現を嫌う心情は自然である。
しかし、趣味の世界を満喫できず他者との繋がりも絶たれた老人の先には孤独死が待ち受けている。短命になりやすいとも聞く。体を十分使わなければ筋力が急速に衰え、新たなことに挑戦しなければ脳の委縮も早まる。
昨年末、第157話「ボランティア」で紹介した「しろい環境塾」というNPO法人で長く理事長を務めて来られた河合さんとグループの皆さんは、農村の崩壊を何とか食い止めようと、もう20年近く都市部から通いつめてきた。荒れ果てた里山を整備し、放棄地を農地に戻し、頑張っている農家を手伝い、家庭菜園も運営している。彼らを見ていると、戦中や戦後の過酷な社会を生きてきた世代のとてつもない馬力と確かな社会貢献を感じてならない。
また、去る9月から週3日、国際協力機構(JICA)を定年退職された大塚さんという男性が私どもの農場で働いておられる。団塊世代のど真中に生まれ、戦後の日本と途上国との関係を体現されてこられた方である。
かつて日本は、農村の過剰労働力や食料不足などの問題を解決するために、武力を背景にして満州へ多くの国民を入植させた。こんな過ちを再び起こさないためにも、「しろい環境塾」の皆さんや大塚さんのような、団塊世代を中心とする現役引退世代が農業にもっと参加してもらいたい。もはや高齢化した農家だけで日本の農業問題、ひいては食料問題を解決することは不可能である。
(文責:鴇田 三芳)