「岩盤規制を打破しなければ、経済発展は続かず、日本は衰退するばかりだ」と長らく経済界の方々が政府に圧力をかけてきた。しかし、宝物を古墳の石室が守っていたように、既得権益を守ってきた岩盤規制は簡単には崩せなかった。
ところが最近、安倍政権は本気で岩盤規制を壊し始めたようだ。多くの法律や慣習によってがんじがらめに規制されてきた日本の農業も今や激変の真っただ中にある。政府は、半世紀以上も持ちつ持たれつの関係を保ってきたJA(かつての農協)を屈服させ、TPPの大筋合意にこぎつけた。遅かれ早かれ、私の周辺にも大筋合意による激変がいずれ押し寄せるだろう。
TPPによる激変が良いか悪いかという価値判断は、もちろん、受けとめる側の立場と考え方によって変わる。大波に乗れる者は「良」と歓迎し、呑み込まれそうな者は「悪」と拒否反応を示す。そのため、価値判断には言及せず、農業分野での激変が日本の農業をどう変えいくのか予想してみたい。
農産物の輸入関税が撤廃あるいは削減されれば、当然、末端価格を押し下げる。大多数の消費者は、国産品にこだわっていないと想像されるので、これを歓迎するだろう。国も個人も過去に貯め込んだ財産を喰いつぶす状況は今後も続き、加えて貧富の格差は拡大すると予想されるので、なおのこと、安価な輸入農産物の販売シェアは拡大し続けよう。
このような予想に立ってTPPを農民の側から見れば、大方の農民は「とどめを刺された」と受け止めるだろう。具体的な影響が現われる前に、心が折れてしまい、農業に見切りをつける農民が今まで以上に増えるに違いない。それでなくても、農民のほとんどは、既に高齢化しており、兼業で跡取りもいなく、営農する意欲が乏しい。
にもかかわらず、政府や専門家、さらに一部の農業関係者は、「攻めの農業」とか、「農産物の輸出拡大」とか、「六次産業化」などと日本農業の可能性を力説する。彼らは、もっと輸出に努めれば少しは活路が開け、高品質の農産物であれば高い値段でも中国などで需要が伸びるだろうと考えているようだ。
しかし農業現場は、政治家や専門家、官僚などが言うほど甘くない。「もっと知恵を使い、もっと頑張れ」と老いた農民を叱咤(しった)激励したところで、疲弊しきった高齢の農民には荷が重すぎる。期待しても無理な相談である。
結局、このまま時代の大波に身を任せておけば、日本の農業はいっそう衰退していく可能性がもっとも高い。
以上のような予想は予想として、改めて日本の農業の問題点を凝視すると、その本質は、TPPという外圧というよりも、国内問題であるように見える。それらは、目の前の損得に気をとられ将来の食料問題に想像が及ばない消費者、人々の命を支えているという自覚に乏しく貴重な農地を好き勝手に私物化し荒廃させてきた農民、巨額の税金をつぎ込んでも自給率を向上できなかった政府や自治体、食の重要性を教えて来なかった教育。
これらの問題を改善しない限り、たぶん、私の予想どおりになってしまうだろうが、少し楽観的に見れば、決して改善できない問題でもない。実際、フランスやドイツなどのヨーロッパ諸国は、第二次世界大戦後これらの問題をクリヤーし、食料自給率を向上させた。今やフランスは農産物の輸出大国になっている。
激変の先は、決して暗黒ではない。
(文責:鴇田 三芳)