第211話 運と縁

百姓雑話

「私は本当にいい時代に生きた」と常々思っています。大変だったことと言えば、大学の受験くらいでした。大学に入ってしまえば、さほど勉強しなくても卒業でき、無試験で就職できました。バブル崩壊後のように就職活動に追い立てられることもなければ、大学院を出た学生が就職できないなどということは、まずありませんでした。そして、就職すれば、よほどの失敗でもしない限り、定年まで職が保証され、悠々自適の老後を迎えられた世代です。

戦後の経済成長時代に生まれ育った人たちのなかには、「俺たち戦後世代は努力と実力で時代を切り拓いてきた」と自負している人々が少なからずいるような気がします。しかし、周囲を冷静に見渡し時代の流れをより客観的に知れば、個人の努力だけで自分の都合のいいように未来が拓かれるほど世間は甘くないことに気づくでしょう。良くも悪くも、運が大きく影響することは否定しがたい事実です。

時代は、ブランコのように、休むことなく前後に揺れ動きます。その振れのどこで生を受けたかが、その人の人生の大枠を運命づけてしまいます。そのような運という大河に流されながらも、ときどき縁という岸辺に近づきます。

縁には、良縁もあれば悪縁もあります。できれば悪縁は避けたいものですが、そうそう都合のいいように縁は巡ってきません。

昨年は、仕事関係で3名の方と縁がありました。20代、40代、60代です。幸い、どれも良縁でした。いずれの方々も研修の目的で来られ、うち40代と60代の2名の方々は今後も研修を続ける予定です。お二人とも十分な社会経験があり、しっかりとした考えをお持ちで、今後の活躍がとても楽しみです。

皆生農園の設立2年目から百姓雑話を丸4年間、私一人で毎週書いてきましたが、今年からは、他の農業関係者も書くことになりました。あるテーマに関して調べたり自分なりに考えて文章にまとめるのは非常に有意義なことで、研修の一環としても位置付けています。

(文責:鴇田 三芳)