第219話 あの頃は・・・・・。

百姓雑話

還暦を過ぎた頃から、「あの頃は・・・・・」とたびたび回顧するようになりました。昨年から農場で働いてくださっている方が私と同年代で生立ちと経歴が重なるために、なおのこと増えてきました。そんな時、記憶の奥に置き去りにしてきたイヤな過去も蘇ってきます。

しかし不思議なことに、当時はイヤでイヤで仕方なかった過去の出来事や経験でも、なぜか今では「良かったなー」と素直に受け止められるのです。それは、私が歳をとっただけでなく、時代の変化がそう思わせているような気がします。

現代では、健康のために麦飯や雑穀飯、玄米食が推奨されています。しかし半世紀も前、私が幼かったあの頃は、貧しい食事の代名詞のようでした。私は、貧しい農家の大家族の中で育ったために、麦飯を毎日食べていました。大麦が白米に混ぜて炊かれていて、プーンと独特な臭いが立ち上ります。決して食欲をそそるような臭いではありません。「おいしい白米だけのご飯を食べたいなー」といつも思っていました。

また、悪玉コレステロールの摂取を減らすためという健康上の理由から、今や豚や牛の肉よりも青身魚や鳥肉がこれまた推奨されています。しかし、やはりあの頃は、豚肉や牛肉は贅沢品でした。年に数回しか食べられず、「何ておいしい肉だろう」と感動しながら食べたものです。もっぱらタンパク源と言えば、豆と魚で、ときどき玉子と鳥肉を頂きました。

私の実家は、一時15人が一つ屋根の下で暮していました。今なら、テレビにでも出そうな超大家族です。正直、そんな大家族が私は嫌でした。食事は長テーブルに全員がつき、いっせいに少ないオカズを奪い合う、そんな日々の連続でした。農家なので、ご飯とみそ汁、野菜料理や漬けものはたくさんあっても、魚や肉を使った料理の量はたくさんありませんでした。そのため、早く家を出て一人立ちし、好きな料理を一人っきりで腹いっぱい食べたいと思っていたものです。

ところが今では、親と同居したがる若者が圧倒的に多くなり、「独居」と「孤食」が社会問題化しています。

1990年代からのデフレ経済は若者の生き方を劇的に変えてしまいました。就活に奔走してもなかなか就職口が見つかりません。一部の若者を除けば、もはや就職は運とコネに大きく依存するようになってしまいました。

しかし、私が大学を出たあの頃は、今から40年ほど前になりますが、教授の推薦があれば、ほとんど無試験で就職できました。入社後の2、3年は新入社員がろくに稼がなくても、企業は投資と考え再教育してくれました。終身雇用が当たり前でよほどの失敗や不正でもしない限り解雇されることなどなく、毎年給料が上がり続け福利厚生も充実していました。

いったい、あの頃はどこに行ってしまったのでしょうか。あんな時代が再来することはあるのでしょうか。

(文責:鴇田 三芳)