第227話 作物と土壌のpHについて(2)-生体膜-

百姓雑話
これはテストえです

前回は作物とpHの関係について、なぜ種類によって適正pHが違うのかということについて考えました。種類による適正pHの違いは生まれ故郷の違いであるということでした。これは答えになっているような、いないような、しっくりこないところがあり、もう少し考察してみたく思います。

まず一つの理由としてpHによって、土壌中の元素が溶けやすくなったり、溶けにくくなったりすること、それに対する植物の反応の差が挙げられます。今回、深く考察してみたいこととして水素イオンと物質の取り込みの関係について述べたいと思います。このことを探っていくとどうしても生物学、植物生理学に足を踏み入れることになります。

全ての生物の個体は、命の安定状態を保つために日々自分の内部と外界との情報や物質のやり取りをしています。外界とのやり取りは自分と外界を隔てる細胞膜を通じて行われます。したがって細胞膜がどのように外界と自分の間のやり取りを行っているかを知る必要があります。細胞膜は油でできています。自分と外界は油の膜で隔離されているわけです。その油膜に色々な物(タンパク質や糖)が埋め込まれています。そして膜を通じた輸送方法には大きく2つの種類があります。一つはエネルギーを使わないで起こる輸送(受動輸送)、これは細胞の内、外の濃度差によってそのまま輸送される方式(拡散)です。例としては水の輸送、また脂溶性の物質があげられます。もう一つは、エネルギーを使って行う輸送で(能動輸送)、これはあえてエネルギーを使って、輸送を行うものです。例としてはアミノ酸、糖、イオンなどの電気を帯びた物質の輸送があります。生物の生物たる所以は自ら取捨選択して物質を取り込んだり、排出している点にあるので、後者に生物の大きな特徴があるように思います。

植物にとって、重要な栄養素に窒素があります。窒素はタンパク質の構成要素であり、植物の体の乾燥重量当たりの重さは3%を占めます。その窒素は主にアンモニアイオン、硝酸イオンの形で体内に取り込まれます。これらは輸送の2つのパターンで後者、エネルギーを使って取り込まれています。畑での主な窒素の形態である硝酸の取り組みの仕組みについては、水素イオンの細胞内外の濃度を変えることで細胞内外に電位差を生じさせ、水素イオンとくっついた硝酸イオンを取り込むというのが硝酸の取り込み機構となります。その他の多くの物質も水素イオンの濃度勾配を利用して取り込まれるようです。

また、生物の呼吸や光合成でのエネルギー(ATP)生産にはやはり水素イオンが重要な役割をしています。水素イオンの濃度勾配を自分(膜)の内と外でつくりだし、外から内への水素の流れ込みのエネルギーを用いてエネルギー(ATP)を作り出しています。ちなみに呼吸で作られるATPの90%以上はこの水素イオン濃度の勾配を利用して作られています。

以上のように生物は水素イオンを膜輸送やエネルギー生産の際に活用していて、外界の水素イオン濃度は膜の輸送活動に影響を与えているため、外界の水素イオン濃度は生物(作物)にとって大切な要素である、ということです。

前回pHの高めを好む作物としてほうれん草やエンドウをあげました。pHが1違うと、水素イオン濃度は10倍違います。土壌の酸性が強いほど水素イオンは多く、アルカリ性になるほど少なくなります。ほうれん草やエンドウは外界の水素イオン濃度が低い条件を好むということです。ここからは想像ですが、これらの植物では外界の水素イオン濃度が高いと膜での水素イオン輸送に何らかの支障をきたし、細胞内外の電位差をうまく作れないために物質の輸送がうまくいかないのではないかと考えられます。逆に茶など酸性土壌を好む植物は外界の水素イオン濃度が高くても水素イオンを外へ押し出す力が強く、濃度勾配を作り出せるのかもしれません。

私は以前、土の含水率を測定したことがあるのですが、からからに見えても30%程度の含水率がありました。おそらく通常の湿った状態だと60%程度はあるものと思われます。水は水素2個、酸素1個の化合物ですから、水素は最も身近にたくさんある元素です。また植物の体も原子の数でいえば、水素が最も多く乾物ベースで約47%を占めますので湿重ベースでいうとほぼ水素といってもいいかもしれません(植物の含水率は70%程度)。細胞内外で電位差を発生させるために最も身近で普遍的な水素イオンを利用することが最も理に適っていたことは容易に想像できます。しかも構造も単純で陽子1個でできているわけですから、そのやり取りを行う仕組みも他の物質を使用するよりも簡単にできると想像できます。

以上をまとめますと、自然界に普遍的に存在する水素イオンは各種物質の取り込みやエネルギー生産に関わっているため、環境中の水素イオン濃度は植物にとって重要な因子である。種類による適正pHの違いは外界の水素イオン濃度に対する物質吸収特性等の反応の差、ということができるかもしれません。畑作業をしながら、さらに深く追及していきたいと思います。

(文責:塚田 創)