第235話 売る側の都合、買う側の都合

百姓雑話

今から10年ほど前、私が主催していた「有機農業の短期研修」に千葉県野田市から一人の青年も参加されました。新規就農して間もない方で、おもに某大手ポテトチップス・メーカー用のジャガ芋を無農薬栽培で生産しているとのことでした。話しをいろいろ聞いて、「やっぱり」と思ってしまいました。それは、ポテトチップスを製造しやすいように、形とサイズが厳格に決められていて、それ以外は一切買ってくれず、加えて納品日と納品量も指定されているとのことでした。その分もちろん、市場に出荷するよりもわずかに高く買ってくれ価格も一定に保たれているのです、余ったジャガ芋の販売に困っていて、どこか良い販売ルートはないものかという相談でした。まさに、買い手の都合が優先されているケースで、社会の縮図を見るような気がし、いたく納得してしまいました。

このような例は本当にたくさんあります。某MSハンバーガー・チェーンとトマトを契約栽培している農家から、やはりトマトの大きさと形の規格が厳しく制限されていと以前聞いたことがあります。

もっと身近で頻繁にある例では、強風で皮がこすれた茄子、乾燥や高低温などで曲がってしまった胡瓜やいんげん、二股三股になった大根や人参、害虫に外皮が喰われてしまったキャベツや白菜などなど、一般の流通ルートで売ろうとしても、買ってもらえません。生産者の立場を少しは理解しているだろうと思われている生協も、これらの農産物は基本的に除外しています。まさに買い手の都合が優先され、実に多くの野菜が無駄に捨てられています。

これらの商慣習の一方で、逆に売り手の都合が強く優先されていることもあります。例えば人参や大根がわかりやすいでしょう。某大手種苗メーカーT社は相当なヒット商品を開発していて、私も使用している種の4割くらいはここのものです。この会社が、確か1980年代の後半に広く流通させた「青首大根」と「KY人参」は市場を一気に席巻しました。前者は、生産しやすく形が揃い、機械でゴロゴロ洗っても傷ついたり割れることはありません。野菜を売る側にとっては打ってつけの特性を有しています。後者も似たようなもので、とても硬くてやはり機械でガラガラ洗っても割れません。すでに1990年代にはこれらが一般的になってしまったために、これらよりも美味しく栄養がある品種を大部分の消費者は知りません。買う側の希望や都合は黙殺されてしまいました。

最後に、私がかねてから疑問を抱く、あるいは矛盾を感じていると表現してもいいのですが、そのことに触れます。それはスーパー・マーケットです。スーパーは、農家から農産物を仕入れる時、できるだけ安く納品させようと農家に迫ります。その一方で、販売する時も自分たちの都合で値決めしています。今時、スーパーのレジで「少し安くまけてくれないか」と言うお客はいないでしょうし、言ったところで相手にされません。しかし、昔は八百屋でそんな会話が当たり前だったのです。スーパーは、買う側でもあり売る側でもあり、そのどちらの立場にあっても価格の決定権を握っています。まさに自分たちの都合を強く優先させている業界です。

この「スーパー」を「トヨタ」に置き換えてみてください。あるいは「国」や「地方自治体」と置き換えても構いません。そうすると、社会に広く浸透している根本的な構図と、そこに潜む根深い矛盾がはっきり見えてきます。

(文責:鴇田 三芳)