第371話 日本の食料リスク(5)

百姓雑話

去年の秋から今春にかけて、玉ねぎが異常に高かった。私は、30年以上農業を続けてきたが、こんな記憶がない。昨年、国産玉ねぎの約8割を占める北海道産が雨不足のために不作となり、くわえて輸入玉ねぎのほとんどを占める中国産も不作で輸入量が減ったためと言われていた。しかし一説には、中国が値上がりを期待して売り惜しみしていたという。玉ねぎの高値が収まらないうちに、ウクライナ戦争で小麦も高騰した。

国際的な不作なら仕方ないが、これらのような政治的な理由による高騰は食料安全保障上の脅威である。

ところで、ここ100年の間に日本は中国に対して戦略的な過ちを何度も繰り返してきた。その一つは日中戦争にのめり込み、その過程で蒋介石率いる国民党軍と戦っていた共産党を支援したこと。少しうがった見方をすれば、この支援が今の中国を生んだとも言える。

もう一つあげれば、中国へたくさんの企業が進出した結果、基幹技術や優秀な人材を奪われ、経済的依存を深めてきたこと。これは現在進行形である。今や日本は、政治的・軍事的に中国と鋭く対立しているにもかかわらず、貿易相手としては中国がトップとなっている。2020年には、2位のアメリカの約1.6倍になった。(2000年にはトップのアメリカの約40%であった)

コロナ禍以降、経済的な中国依存を減らそうという掛け声は聞こえるが、確かな軌道修正が進まない。右(軍事的安全保障)と左(経済関係)に引っ張られ、日本は引き裂かれそうである。もし、台湾をめぐりアメリカと中国が軍事衝突したら、日本も巻き込まれることは必至である。アメリカと軍事同盟を結んでいる日本は、もちろんアメリカ側につくだろう。

しかし、日本にとっての国家的脅威は「その後」である。

たぶんアメリカも中国も戦争の泥沼化は望んではおらず、アメリカにとって東アジアが相対的に重要でなくなれば、アメリカは東アジアの覇権を中国に明け渡すことも考えられる。そうなれば日本は、アメリカの属国から中国の属国となり、中国に対して多岐にわたる制度的・物的・人的な朝貢をさせられるだろう。

その一つが食料である。きわめて安く買いたたかれたり、場合によっては略奪されることも予想される。これが私の危惧する3つ目の「日本の食料危機のリスク」である。

かつてプロセイン(ドイツの前身)の名宰相・ビスマルクは「愚者は経験に学び、賢者は歴史に学ぶ」という名言を残した。この名言に習い歴史を振り返れば、私が危惧するような事実がいくつも浮かび上がってくる。ヨーロッパ人がアメリカの先住民を武力で駆逐しアフリカの民を奴隷として酷使し国力をつけたこと。1世紀ほど前から敗戦まで日本は満州を侵略し多くの日本人農民や企業などを入植させ利権をむさぼったこと。そして今ロシアが、ウクライナに侵攻し、ウクライナ人を奪い、南東部のきわめて肥沃な穀倉地帯を占領し、穀物を略奪している。

これらと同じことを中国がしないという保証は何もない。なぜなら、日本人と中国人はもとより、ほとんどの人類は歴史から重要なことを学んでいないからである。

(文責:鴇田 三芳)