第378話 だれのための「食料自給率の向上」なのか

百姓雑話

コロナ禍による財政出動(お金のバラマキ)とウクライナ戦争が主な原因となり、世界的に穀物などの食料価格が高騰している。先進7か国(G7)の中でも際立って食料自給率が低い日本は、その影響をもろに受け、あたふたとしている。政治家や学者などが「食料安全保障は国家的課題だ。自給率を向上しなければならない。」と声高に訴えている。

ちなみに、カナダの食料自給率(カロリーベース)は266%、アメリカ132%、フランス125%、ドイツ86%、イギリス65%、イタリア60%に対し、日本は38%である。山がちの国スイスでも51%も自給している。

私は1985年から6年にかけてアフリカ・ソマリアでの難民支援活動にたずさわった。そのなかで、「日本の食料自給率が下がり続け、それに追い打ちをかけるように経済力の低下によって食料をまともに輸入できなくなり、いずれ日本も食料難に直面する。」と直感した。

そこで、わが身と家族を守るために、30代後半で新規就農し、専業で30数年間農業を営んできた。

この間、多くの農民と出会ってきたが、相手から食料自給率の問題を話題にされたことは一度もない。こちらから話題にしても、ひとり(元農業委員で現在は市議会議員)以外は、とりたてて話に熱が入らなかった。察するに、農家の圧倒的多数は食料自給率の向上に関心がないか、関心がかつてあっても今は諦めてしまっているのだろう。

実際、農家のほとんどは日本全体の自給率が低下したところで生きるに困らない。食べ物は自分でかなり生産できるし、家や屋敷はある。借金さえしていなければ、わずかな農業収入と年金で暮らしていけるのだ。息子や娘からの収入もあれば、悠々自適。そのような農民にとっては、要するに、「食料自給率の向上などどうでもいいこと」なのだろう。

では一体、食料自給率の向上は誰のためなのか。

      (文責:鴇田 三芳)